11月26日のゲストは、大阪市北区の前田区長をゲストにお迎えしました。
テーマは「北区将来ビジョンと3か年計画」。

前田さんは、和歌山県の串本町生まれ。2歳から大阪市内に移り、大阪工業大学の建築学科へ進学。大学院を卒業後は建築士として活躍されます。数ある取得資格の中でも一番の値打ちがあるのは、一級建築士や宅建よりも合格率の低い極真空手4段、と会場の笑いを誘います。

区長に就任する以前は、民間企業のパナソニックホームズ株式会社に勤めていました。たまたま親が建設業だった事もあり、経営の神様と呼ばれた松下幸之助さんの下で商売・事業を学びたいと思い、入社します。

当時の前田さんは「民間企業は収益を追求するものなので、金儲けを学ぼう」と考えていました。しかし、松下幸之助さんの考え方は違いました。それは、「事業を通じて、世の中に貢献する事。その貢献した対価として、お金を頂く」という事。

パナソニックは利益に対して非常に厳しい会社です。前田さんは、「儲けていないという事は、社会に税をもって還元できていない、“役立たず”という事。企業は利益を出し、社員へ給料を払い、所得税を払い、法人税を払って初めて社会を潤すことになる。
だから、一生懸命頑張って、それが皆様の社会貢献になる。自分達が作ったものでお客様が喜んで頂いて初めて給料を頂ける」という事を学びます。

もう一つ教えて頂いた事は、“素直な心”。色眼鏡で人を見たり、自分の都合だけで物事を判断しない事。松下幸之助さんはパナソニックの一人勝ちを非常に嫌っていました。われがわれがという世界では生きるな、という事を学びました。

前田さんには「新しい事を何か成すには10年はかかる」という想いがあります。そこで、入社時に「30年間はこの会社で一生懸命働いて、やめよう」と人生設計を決めていました。パナホームで商品開発を20年間担当してちょうど30年目を迎える頃、奥様への一言の相談もなく大阪市の公募区長に応募して合格、此花区長となります。

「民間企業のやりがいもあったが、行政の面白さを実感している。ステージは変わるが、これだけの人と関わる事が出来る。今日もほぼ大半の方が初めて会う方ばかり。」と前田さん。ハイパー縁側の存在も中津アートフェスティバル2021の際に、松下徽章株式会社の香月さんに連れて来られて知りました。中津ブルワリーのビールも、オンラインで購入されていたとか。

前田さんは普段から区長室にいません。呼ばれなくても行く、というスタンス。
「区長室に座っていても、課題は見えない。現場でモノを見ないと分からない事がたくさんあって、皆さんと知り合いになると色々な話も聞かせて頂けるし、それが大事。」

「人との接点をこちらから持たないと地域の色合いは分からないし、お互いに知り合ったら協力関係も築く事が出来る。結局、最後は人間関係次第。“こいつの言う事なら、ちょっと頑張ってやってみようかな”という事かと。」

「そんな理由から、区長が遠い存在ではダメ。北区の14万人全員と親しくなることは出来ないが、出来る限り外に出て、人と出会う機会を持ちたい。」
と前田さん。

“北区将来ビジョン”

長年、民間企業にいた前田さんは北区将来ビジョンを策定する際、目標を定量化しました。役所の目標でよくあるのは、○○が△△を感じる割合□□%、といったもの。通常、その評価はアンケートをとって決めるため、年度末の3月に集計して初めてわかります。期の途中で、その事業がうまくいっているのか、どのように評価すればいいのかは分かりません。前田さんはそれはまずいと考え、例えば、認知度であれば人口の割合に置き換える、といった具合に全て定量化しました。

ちょうどええわ、と会場に持ち込まれた「こども110番」バッジを来場者に配りながら、話は進みます。
もともと、こども110番は区内に2千軒ありました。マーケティングの考えからすると、これでは大勢の人が知っている事にはなりません。さらに、北区は住宅の9割がマンションであるため、マンションの玄関にこども110番ポスターを掲げるだけでは効果は期待できません。

子供の事故は下校時の公園や道端で起きているのならば、その場にいる方々に活動して頂こう、と。こども100番バッジをつけている人が増えれば、見守る目が増えたことになり、そうやって初めてこども110番の活動が活きてきます。さらに前田さんは企業を回り、こども110番バッジも全て寄付で賄っています。

会場からは、様々な意見も飛び交います。
山田さん「こんな風にしたら地域がもっとよくなるアイデアがあれば教えて欲しい。」

前田さん「まちづくりのヒントを得ようと思って、今日ここへ来た。この街にはいろんな可能性がある。企業が多くあり、文化施設もある。起爆剤になるネタがたくさんある気がする。それをどう組み合わせたら前に進む推進力になるのかを常に探している。お金をかけて背伸びをしなくても、人が夢を持てる・楽しめるステージを作る事が出来る可能性はもっとあるんじゃないかと思っている」。

丈達さん「北区民カーニバルでの運動会や盆踊りをもっとバージョンアップさせたい。」

前田さん「ちょうど先週、企画委員会を立ち上げたところ。コロナ次第というところもあるが、保護者の皆様や各校長とも議論を重ね、来年度どうするかを一度みんなで考えよう。感染対策や子供達の安全性を考慮しながら、出来る方法を考えよう。」

山田さん「自分は泉州出身で、泉州と言えばだんじり。だんじりの組織では、身近なところで上の先輩を見る事が出来る。小学生が中学生を格好いいと憧れ、中学校が高校生をかっこいいと憧れていく、そのように見る事が出来る文化が北区でも生まれないかな、と思っている。例えば、都会ではYouTuberやeスポーツといった仕事も溢れているので、そんなお兄ちゃんお姉ちゃんを身近で見る事が出来たら、私達もやりたい!と思うのではないかなと。」

前田さん「企業に電話をして、“学校に来てあなたの夢を語ってほしい”と依頼をしている。今の子供たちは、朝早くお父さんが仕事に出て、遅くに帰ってくる姿しか見ていないので、親の背中が見えにくく職業観がない。現在、70社以上の企業が中学校に来てくれるようになった。VTuberが来た時、子供たちは目を輝かせていた。木彫師の前田暁彦さんにも依頼したが、北区にある企業・人・施設といった多くの資源をもっと組み合わせて活用したい。子供に夢を持たさなあかん。」

おもむろに名刺を取り出し、裏に書いてある「夢」についてお話されました。こちらが前田さんの教育コンセプトです。

“夢があるから目標がある。
目標があるから計画がある。
計画があるから行動がある。
行動があるから実績がある。
実績があるから反省がる。
反省があるから進歩がある。
進歩があるから喜びがある。
人生楽しく前向きに。”

前田さんが企業で生きてきて感じたのは、これからの社会で大切なのは“自分で考えて行動できる人材”ということ。後ろから仕事を追いかけるのはしんどいだけ。

子供たちには自分で考えて行動し、前に向かって走っていくような子になって欲しい。そのためには今の時代に子供たちが夢をもって、夢に向かってチャレンジする、そんな風になって欲しい。なので企業の方には学校の授業へ来て夢を語ってもらい、子供たちの感性をくすぐるようなイベントもしたい、と前田さんは言います。

意見交換はさらに続きます。
福田さん「今、中津はタワマンに象徴されるように、梅田に飲み込まれるといった期待と不安がありながら、一方で地べたでは様々な動きが起きている。ぜひ、そういった小さくミクロな動きを区役所でも拾って欲しい。また、北区のリスクとして防災がある。」

前田さん「防災の関心度は、低いのが現状。防災訓練の参加者は年間3,000人弱と北区民の約2%。今、それを7%にあげようとしているが、せめて2割の3万人弱の方が関心をもっている状態をつくらなければ、この街の安全性は担保できないと思っている。この話は第二弾として、後日やりましょう。」

今福さん「九州から出てきた大阪の第一印象は、大都会。最初は梅田の街が都会過ぎて、嫌いだった。しかし中津の皆様と出会い、実際に梅田から少し離れた街へ足を踏み入れてみると、温かい人がたくさんいるコミュニティがあり、こうして区長の想いを聞く事も出来て、よりいっそう好きな街になったのを実感した。都会でも一歩外れたらこれだけ人が集まり、通りすがりでもお互いに挨拶が出来たりする関係性があるのは素敵だと思う。この繫がりが広がり、北区や外のコミュニティと繋がるきっかけがあるともっと良いと感じた。」

前田さん「活動は点からしか始まらない。点で初動をつくり、それが線に繋がり、面になれば良いと思っている。」

山田さん「たとえ将来的にこの街から離れたとしても、また“この街楽しいな”と思ってもらえるような、そんな街になれば良い。」

様々な意見が飛び交った今回のハイパー縁側。この続きは、2022年1月26に「大阪市北区の防災」のテーマで開催されます!

【前田 昌則(まえだ まさのり)】
大阪市北区長
■経歴
昭和60年3月 大阪工業大学大学院 建築学部都市計画学修了
昭和60年4月 パナソニックホームズ株式会社 入社
平成20年9月 パナソニックホームズ不動産株式会社 中部近畿統括部部長
平成27年4月 パナソニックホームズ不動産株式会社 営業企画部部長兼パナソニックホームズ・合人社コミュニティ株式会社 取締役
平成28年4月 大阪市此花区長
令和2年4月 大阪市北区長
■資格
一級建築士
宅地建物取引士
マンション管理士
二級ファイナンシャル・プランニング技能士
空手道4段
大阪市北区
北区将来ビジョン[3か年計画]