2022年7月21日のハイパー縁側@天満橋は、佃 梓央さんをゲストにお迎えしました!
テーマは、「お茶を煎れながら、天満橋のお茶文化を考える」

半年ぶり、2回目のご登壇となる佃さん。前回は、用意して下さったスライドの1枚目、「自己紹介ページ」で終了となってしまいました。スライドに沿っては進みませんでしたが、お茶とアートの関係・大阪商人のお茶の楽しみ方・伝統と新しい発想の掛け合わせのお話などなど、盛りだくさんの内容でした。今回は、お茶を煎れる実演も交えながらのトークセッションです。「今日こそは、予定通りに進めましょう!」と爽やかな笑顔でスタートします!

佃さんは江戸時代から続く、煎茶文化を継承する活動を続けています。お茶会を開催したり、美術館とコラボレーションして、煎茶に関わる美術作品を楽しめる機会を提供しています。この夏も、ギャグで満ち溢れる「夏のお茶会」を開催予定。古典を踏まえながらも、軽やかに涼やかに、笑いを含んだお茶会だそう。読み違えてみたり、茶化してみたり、普段のお茶会とは一線を画します。

「どんな気分になりたいか」「どういう気分が合うのか」、という季節の捉え方をしている、と佃さん。表面的に季節の花を設えるということだけでなく、夏なら涼やかに、秋ならしっとりと、気分から季節を楽しむことを意識している、と話します。

四季の移り変わりや変化を感じるのが日常だった昔。季節が日常的に溶け込んでいるので、季節を感じることが非日常にならない。現代は、旬ではない野菜がいつでも手に入ったり、情報過多で季節感に疎い。だからこそ、逆にお茶をするときに意識し過ぎているのではないか、と指摘します。

と言いながらも、やはり季節を意識して、「涼やかに冷たいお茶を飲もう!」と籠に入ったお茶セットを持参して下さいました!まず、茶具濁(ちゃぐじょく)という敷物を敷き、急須・茶托・茶碗を置きます。茶碗には、「書斎の名前」が入っていると佃さんは説明します。

急須でお茶を煎れる文化は、書斎から始まったと言われています。本を読んだり、仕事をしながらお茶を煎れて飲んでいました。書斎は、中国語で「文房」といい、書斎で使う道具だから、筆や紙などを「文房具」と呼ぶそう。かつては、マイお茶セットがどの書斎にもあり、文房具の一種だったと言います。

そんな、お茶文化の歴史を教えていただきながら、実演は続きます。キンキンに冷えた水を取り出した佃さん。冷たいお茶を煎れるのですが、冷水では茶葉が縮こまり、味を出してくれません。そこで、少量の常温の水を作ります。急須に茶碗4分の1ほどの量の冷水を注ぎ、それをさらに茶碗に移し、しばらく待つことで常温の水が出来上がります。

そして、急須に茶葉を入れ、常温の水を注ぎ、茶葉全体を湿らし蓋をします。山なりにした茶葉の真ん中から、水やお湯を注ぐのか、それとも脇から注ぐのかで、味に変化がでると言います。お茶の奥深さを教えていただきながら、今回は真ん中から注ぎます。しばらくしたら、蓋をあけて冷水を入れ、2分以内に茶碗に移していただきます。

最後の一滴まで、しっかり茶碗に注ぎ切りいただくと、口の中に甘みと苦みと渋みが残ります。今回、用意して下さったのは、日陰で育てた茶葉の茎の部分である「雁ヶ音」。この甘み・苦み・渋みの混じり合いが「雁ヶ音」の魅力。華やか過ぎず、渋みで整えてくれると佃さんは言います。

「お茶って、どんな煎れ方しても美味しいんです」と、ここまでお茶の煎れ方の説明を、根底からひっくり返す発言をする佃さん。と、いうのも、“どの美味しさを味わうのかを選ぶこと”が大事と考えるからだと言います。

つまり、今日のような日であれば大川の風を受けて、爽やかで冷たいお茶を楽しむことがコンセプトなので、2分以上急須の中にいれておくと、ぬるくなります。爽やかさを演出する為のお茶の煎れ方を選択することが必要です。

「風景とどう出会いたいか、どう交わりたいか」をお茶の味で演出できる、と佃さんは言います。外は暑くジメジメしていたとしても、爽やかなお茶を口の中に入れることで、周りの世界と親和していくことができる、とお茶の魅力を語ります。2煎目を入れるときのコツは、1煎目より水を少なくすることだそう。1煎目と、どのように違うのかを楽しみに2分間待ちます。

紅茶や中国茶は、1回目と2回目と味が一定であることが良いとされています。一方、日本では、お茶の味が変化することが魅力であり、それを味わう面白い文化だと佃さんは話します。
“一定の精神状態じゃなくていい、感情の変化に素直であること”の表れではないかと、佃さんは考えます。

“無理して「無になる」必要はない”

わざとらしく、「瞑想する」とか「無になる」とかは必要ないのではないか。ゆったりとした時間の中で、風景や人が考えていることも変化しているのだから、変化を否定しなくていいのではないか。江戸時代から大阪商人が楽しんでいるお茶の在り方というのは、“人間の感情そのままでいいじゃないか”というもの。

“大阪商人らしい”と、佃さんは笑います。話に夢中になり、2煎目は完全に2分以上経っていました…。しっかりとした渋みを感じる2煎目をいただきました。
「3煎目こそ待ち時間を2分以内にして、爽やかなお茶を煎れましょう!」と、気合いを入れます。3煎目は、狙い通りのとても爽やかな一杯となりました。お茶の美味しさの幅を感じることができました。

お茶を介すると、人が集まり、人の顔やいいところも見えてくる。または、自分と対話することができる。だからこそ、やはり自分の素直な感情のままにお茶を楽しんで欲しいと佃さんは話します。
“無にならなくていい、有でいい”、自分の感情に素直になろうとする方が、研ぎ澄まされていくと教えていだきました!

参加者の方からは、「佃さんの面白いお話のおかげで、お茶を楽しむ敷居を下げてもらえた」という感想も。佃さんの、トーク、知識、ユーモアをもって、どなたでもお茶の世界にどっぷりと浸かり、肩肘張らず、楽しむことができます。

実は、今回話す予定だったテーマに行き着いてなかったということです…。
ということで、次回の佃さんとのハイパー縁側@天満橋も、ぜひお楽しみに!

【佃 梓央(つくだ しおう)】
一茶庵宗家嫡承 煎茶家
慶應義塾大学文学部卒業。東京藝術大学大学院美術研究科中退。父佃一輝に師事。号は如翺(じょこう)。
関西大学非常勤講師や朝日カルチャーセンター講師を務めています。
2016年夏から2017年新春まで5回「大阪日日新聞コラム『澪標』」にコラムを掲載しました。
2018年にはグランフロント大阪北館ナレッジキャピタル「超学校」にて、レクチャーシリーズ「MOU-ICHIDO大阪文化」と「『集まり』と『交わり』の文化論」をコーディネートし、現代・未来社会における古典文化の学びを提案しました。
また2018年から、さまざまな芸術作品のデジタル画像を使いながら、お客様と数人の専門家の対話形式で行う茶会「超茶会」を、グランフロント大阪北館シマノスクエア、和泉市久保惣記念美術館、泉屋博古館等でスタートさせました。
G20大阪サミット2019では「配偶者プログラム」1日目に茶事を担当し、江戸時代・明治時代に大阪で盛んに行われ、今なお続く煎茶や文学や美術を介した人と人との交遊を、各国首脳のパートナーの方々とご一緒しました。
2020年より、ミヅマアートギャラリー、繭山龍泉堂と共同し、現代アートと中国古美術とが煎茶を介して出会う新感覚のサロン「ART GATHRING」を立ち上げ、新たな美的価値を模索しています。
一茶庵宗家
Facebook
Instagram