2024年2月21日のハイパー縁側@天満橋は、北岸良枝さんをゲストにお迎えしました!
テーマは 「10年に渡る取材をドキュメンタリー映画に実現した記者の想い」
テレビ大阪の報道部ディレクターを20年務める北岸さん。幼い頃はお父様の影響を受け、NHKドキュメンタリー『シルクトード』が好きで、一緒によく観ていたそう。
「いつかランクルに乗って、取材に行ってみたいな」と、写真や映像に興味をもった出発点だったと振り返ります。
そんな北岸さんですが、教育大学の美術科を卒業した後、インテリアメーカーで働いていました。電車やバスの内装デザイン・寝台列車のカーテンデザインなどに携わりました。4年間働いて退社し、子どもの頃から関心のあった中国に留学する事を決意。憧れのシルクロードを巡る予定でした。しかし、おじい様の危篤の知らせが入り、帰国する事になってしまいます。その後、家庭状況により、家事などを引き受ける事になった北岸さんは、半年ほど家に引きこもっていたそう。
北岸さんを心配したお父様から、社会復帰できるようにと制作会社を紹介されます。27才の時でした。ゴルフ番組や、歌番組のディレクターとして働き始めます。当時の社長は、かなり厳しい方で、「おかげで、しこんでもらえました」と、笑顔で話します。働きながら、独立したいという気持ちを持っていましたが、なかなかきっかけを掴めずにいた北岸さん。
映像関係の仕事以外に、演歌歌手のマネージャー業を務め、スナックへの営業廻りに奔走している時、「あれ?やりたい事とちょっと違うな…」と感じた事を機に独立を決断。報道に携わりたいと考えていた北岸さんは、39才で独立するとテレビ大阪の夕方のニュース制作スタッフとして働く事になりました。
20年間、報道に携わる中で北岸さんが強く印象に残っているのが、2013年2月28日に伝えた「日本財団職親プロジェクト」の発足式のニュース。「職親プロジェクト」は、関西の7社の民間企業がタッグを組み、「職の親」となり、刑務所出所者・少年院出院者に仕事や住まいを提供し、自立更生を支援する活動です。元受刑者の半数が、再犯を犯してしまうという実態。出所しても頼る人がいない事や、就労や住居の確保が難しい事が大きな要因です。
その部分を支援する事で、元受刑者が再チャレンジできる社会、再犯を防ぎ犯罪被害に悲しまない社会を目指すというプロジェクトがスタートしました。
当初は、デイリーニュースとして取り上げ、その日限りの取材の予定でした。
しかし、企業の方がどういう想いでこのプロジェクトに参画したのか、今までにない取り組みをどのように推進していくのか、受刑者のその後などを「知りたい」「追いかけたい」、という気持ちが湧いてきた、と北岸さんは言います。毎日の放送では、最新のニュースを届けてそれっきりになってしまう。本当は、その先を届けたい。
取材をきっかけに出会った縁を繋ぎながら、その後を取材したい、と考えていました。先方や、テレビ側の許可を得る事ができた北岸さんは、実際に刑務所に赴き、受刑者の面接・採用・出所・社員寮への入居・仕事を始めていくというところまで、取材を進めていきます。しかし、住居と仕事があっても、それでも更生できないという現状も目の当たりにする事に。
紆余曲折あり、うまくいかない事だらけ。少年院から出てきた子を追いかけていると、「この子、この後どうなるねんやろう…」と、“近所のおばちゃんのような想いになった”、と言います。そして、気がつけば11年もの長期間に渡り、取材を継続していました。
「11年もひとつの取材を続ける事は、まずないです」と、苦笑いの花本さん。喉の調子が不調の北岸さんに代わって登壇して下さいました。そんな10年以上に渡る取材をドキュメンタリー映画化し、北岸さんが監督・花本さんがプロデュースを務めたのが、『お前の親になったるで』。映画の主人公となったのが、「職親プロジェクト」参加企業の1つであるカンサイ建装工業の草刈社長。草刈さんは、アメリカで妹さんを殺害されたという犯罪被害者でありながら、加害者の支援を行なっています。
壮絶な過去を持つ草刈さんは、最初、素直に支援の手を差し伸べられなかったそう。ただ、再犯者が絶えない現実は、再び被害者を生んでしまう。自分と同じような悲しい想いをする人を増やしたくないという気持ちが原動力になった、と言います。2つの問題と向き合う草刈さんを追いかけていると、取材する側も色々と考えさせられるものがある、と花本さんは語ります。
映画化する前に、取材の内容をドキュメンタリー番組として、テレビで3度ほど放送した事がありましたが、人の人生にフォーカスした取材に終わりはなく、テレビとは違った手法で伝えたい、と花本さんは考えていました。たまたま、ドキュメンタリー映画を多数制作している東海テレビのプロデューサーと繋がりがあった花本さん。ドキュメンタリー映画制作のヒントをもらう事ができ、北岸さんに声をかけ、映画制作を始めました。映画の魅力は、削らないといけない部分が多いテレビとは違い、尺を伸ばせる事。
一方で、ドキュメンタリー映画は時間と労力がかかるけれど、興行収入は厳しい。ドキュメンタリーが置かれている現実はシビアだ、と花本さんは打ち明けます。しかし、“伝えたい想い”がある。どこで線引きをするのか、というのは難しいところ、ともどかしい胸の内を吐き出します。
他の映像で賞を獲った時の賞金を資金源にするという苦労も。そんな中で、「職親プロジェクト」の企業の方々が、有志で地下鉄に映画の広告を出すと申し出てくれた事は、とても感激した、と笑顔で語ります。
実は、草刈さんは映画関係の仕事をする事が夢だったそうですが、家業を継ぐ選択をし、その夢を断念。「お兄ちゃんの夢を叶える」と、妹さんがアメリカに渡った時に事件は起きてしまいました。妹さんが、このような形でスクリーンに映し出される事や、出来上がった映画に対する草刈さんの本音の部分は聞けていない、と花本さんは言います。
ただ、映画を観てもらう事で、妹さんのような被害者を二度と生まない。再犯防止に必ず役立てたい。また、受刑者への偏見をなくし、社会復帰できる環境づくりに繋げたい、と強く願っています。犯罪者は絶対に許せないけれど、社会がしっかり“受け皿”にならないと、悲しい事が起こり続けてしまいます。少年院や刑務所は、国が運営しているので、私たちの税金で賄われています。過去の罪を償い、更生し、社会復帰して納税者になり、社会の一員になる事で、“悪いサイクル”を断ち切らないといけない、と考えています。
“未来を創る”
「職親プロジェクト」は、職や住まいを提供し更生を支援する加害者支援ですが、根本のところは、再犯を防ぎ、被害者を生まない、という“未来を創る活動”だ、と花本さんは力強く語ります。私たちには、接点がないと思いがちだけれど、事件に巻き込まれる可能性は誰にでもある。また、社会は1人1人の考えでできている。そういう目線も持ってもらいたい、と訴えます。
最後に、映画構想から5年費やしてきた中で、1番乗り越えるのが大変だった壁について伺うと、「壁は、北岸監督でした」と、笑う花本さん。膨大な素材がある中で、北岸さんが1人でデジカメを持って取材してくるので、ロードマップを決めても、また北岸さんが新しいネタを入れて…という繰り返し。もう1人のプロデューサーと「監督の好きにしてもらいましょうという結論に至った」、と言います。しかし、最終的に観た時、伝えたいテーマ設定がしっかりと含まれ、監督の優しい目線を感じられる映像になった、と語ります。
『おまえの親になったるで』の「親」というのは字のごとく、「木の側に立って見守る」。そして、映画のタイトルの「親」を赤字にしたのは、親でも、家族でも、友達でも、血の通った人間関係を映画を通じて観てほしい、という想いがこもっています。
『お前の親になったるで』は、社会問題をオープンにして取材を受け入れて下さった方々や会社、たくさんの人や縁に支えてもらって実現した映画、と北岸さんは語ります。“反省は1人でもできるけれど、更生は1人ではできない”。
他人事ではなく、自分たちにも関わる事だと気づくきっかけになってほしい、と願っています。そして、「私が壁だったんですね…」と笑いながら、還暦を超えるまで取材を続けたい、と語って下さいました!
北岸さん・花本さん・草刈さん、そして関わったたくさんの方々が、長年に渡り想いを込め続けて出来上がった『お前の親になったるで』。「出所後も更生を支えてくれる人がいる」「セカンドチャンスを掴んでほしい」というテーマ性も含んでいるので、賛同した刑務所で、去年の秋から先行上映をしてきました。今月末に大阪で上映会を開催し、そこから全国に広げていく予定です。
映画を観る事で、普段は身近に感じられていない社会問題を、私たち1人1人が、自分事として捉えるきっかけにしていきたいですね!
テレビ大阪「やさしいニュース」記者
兵庫県出身。転勤族の家族の影響で幼少時代は各地を転々とする。
大学卒業後、大阪の企業でテキスタイルデザイナー、テレビ番組制作会社ディレクターを経て、フリーに。
テレビ大阪「やさしいニュース」(月~金 午後4時29分~)ニューススタッフとして日々ニュース取材に携わり、20年目。
ドキュメンタリー映画「おまえの親になったるで」
やさしいニュース
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