12月16日のハイパー縁側は、勝井太郎さんをゲストにお迎えしました!
テーマは「政治と町おこし」

現在、奈良県の宇陀市で市議会議員をしている勝井さん。先生という呼称や格好で距離感を感じたくないという考えのもと、当日はラフな格好で登壇されました!

宇陀市は4つの村町が合併して2006年にできた市で、近鉄大阪線で鶴橋から約40-50分ほどの距離にあります。山が9割を占めており、人口は3万人ですが約250k㎡と大阪市よりも広い面積をもちます。

宇陀では古代より薬草の栽培が盛んで、漢方薬の原料などが栽培されていました。ロート製薬やツムラ、アステラス製薬など、現在の大手製薬企業の発祥につながったのも宇陀からです。

また革の加工も全国トップレベルで、鹿革は9割のシェアをもつほか、有機野菜・無農薬野菜の栽培も盛んです。宇陀は紀伊半島のど真ん中にあり、関西圏でも中京圏でも商売ができるので大きなアドバンテージがあるそう。

そんな宇陀出身の勝井さんは大学卒業後、政治家を目指すにあたってまず3年間最速で管理職になれる企業で鍛えてもらおうと、レストランのチェーン店に就職しました。

国内いくつかの店舗で働き、年間1,000万人の利用者がいた那覇空港のお店では朝から晩まで働きづめの日々を送り、今までで一番しんどかったのはぶっちぎりでここだったと振り返るほどの経験を積みました。その後東京で議員秘書をしてから、31歳で政治家になりました。

勝井さんが政治家を目指すきっかけは小学生まで遡ります。バブル期に小学生だった勝井さんは、子供ながらに上り調子の経済を感じながらも、地元の山が買収され団地やゴルフ場に開発されていくことに違和感をもちました。先生に話すと、村長になったら止められるかもしれないなといわれ、村長になる夢を当時持ったそうです。

その夢は成長とともに一旦忘れていたそうですが、21歳の時に25,6歳の政治家に会う機会があり、ふと思い出したそう。そんなに歳の変わらない人が町おこしを進め、上の世代の議員と渡り合っている話を聞いて刺激をうけます。

そして地元をみると、宅地開発予定だった山が荒れ果てた悲惨な状況でした。それを見て、100年前の先祖が残してくれたものを使って今の自分達が生活できているのだから、目先の損得ではなく自分たちがいなくなった100年後にもありがとうと言ってもらえる町をつくりたいと考えます。その想いをただただ書いて、駅前で話していたら議員になっていたと話します。

思いが先行で動いた勝井さんは、議員になってから財政などをひたすら勉強して、大学院に入り公共政策も学んだそうです。知識は後からつきますが、共感も大事だと感じています。自身もやりたいことに共感し応援してもらって、市民のやりたいことや困りごとなどを相談してもらえる立ち位置になったそう。

また飲食のバックグラウンドを活かして、有機野菜や和牛など地元のおいしいものを加工する「うだはじめ」というプロジェクトも始めました。鍋のセットを送ったりキューバサンドをつくったりしながら、補助金に頼らないで、加工する地元のおばちゃんや、農家さんにお金が落ちて循環する形をつくろうとしています。

議員はコンサルのようなものだと話します。こんなことをやったら町が良くなる、市役所が抱えている問題をこんな形で解決できると提案したり。ただ、それだけでは他人のふんどしで相撲を取っていて実感がないと話します。提案も楽しいですが、自分でトライアンドエラーするのもいいのではと思って自身でも活動しています!

“人が集まるハブを増やす”

人口減少が今後100年続く社会で、今までと同じことをやり続けるのは無理なこと。宇陀にきて子育てをして、また次の人が入ってくる地域の循環をつくることが必要だと考えます。面白いことをやっている人が集まるハブが地域にたくさんあると人が来やすくなると思っているので、クラフトビールの工房なども含め宇陀に増やすことは意識しているそうです。

今大阪にあるものを宇陀に再現して、便利だから来てくださいと言うのではなく、地域の中で学べるものをつくる、仕事を古民家でできるようにするなど、宇陀に今あるものをバージョンアップして来てもらう、「古くてめっちゃ新しい」を町として追求できたらと考えています!

これからの暮らしの先駆けを自らもトライしながらつくっていく勝井さんのお話で、宇陀の未来への期待が膨らみました!

【勝井 太郎】
宇陀市議会議員(3期目) / うだはじめ 代表
1978年生まれ 43歳
大阪市立大学大学院創造都市研究科修了 修士(都市公共政策)
過疎地域の振興を人生における本業として活動。
市議会議員としてまちづくりに取り組む傍ら、地域商社うだはじめ代表として地場産品のブランド化に取り組む。