10月15日のハイパー縁側@天満橋は、礒井純充さんをゲストにお迎えしました!
テーマは、「まちライブラリーを生み 育てた“天満橋”」。

「天満橋ほど地球上で一番きれいな夜景スポットは無い。」冒頭で強く発信されたのは、本日のゲストの礒井さん。

礒井さんによると、天満橋のまちは「水があり、山があり、そして高層ビルがあり、動的な高速道路も存在する、都会だけど自然を感じる事が出来るまち。」

礒井さんは小中学校時代、天満橋の夕焼けが夜に変わっていく風景を背に、中之島へ自転車で駆け抜ける瞬間が好きだったそう。あの頃が、一番豊かだったのではないかと話を切り出します。

『天満橋のまちは、梅田や京橋のように華やかではないが、郊外のように寂しい訳でも無い。必要以上に人もいなく、必要以下に人がいないことも無い。平日のオンと休日のオフがはっきりしており、大都会のような圧迫感の無い、居心地の良いまち。』

この背景には、大阪の経済の歴史が影響していると礒井さんは話します。
1950年代、万博の影響もあり大阪の経済は大きく成長。天満橋のまちは繊維業が活発化し、景気も良かったが、それをピークに衰退の道へ。

礒井さんの実家は自営業で、日々まちの衰退の情報が入ってくることに嫌気が差し、1977年に大学進学を機に、東京へ旅立ったそう。

10年前から天満橋に戻ってくる機会が増え、改めて天満橋のまちを見ると、自分が住む東京や日本中のどこよりも、魅力的なまちになったと実感されたそう。

その理由は、まちが衰退したことが大きく関係していると話します。
天満橋は、梅田や淀屋橋へのアクセスも良く、住むには便利な場所。まちが衰退した後は家賃が安くなり、30代の独立した若者がテナントに入りやすくなる。テナントが埋まってくると、次はマンションが建築される。人口が増えるので飲食業が成立する。人が集まり、住みやすく、働きやすく、チェーン店の少ないまちが出来た。

これが礒井さんが捉える天満橋のまちの半世紀の歴史であり、まちの魅力の背景ではないかと話します。

話は、礒井さんが立ち上げた「まちライブラリー」のお話へ。
礒井さんは森ビルに入社し、1年目は総務、2~4年目は秘書広報、5年目から再開発の部署へ。六本木ヒルズなどの開発プロジェクトを進める中、教育の重要性を感じ、社内の人を教育するだけでなく地域や関わる人たちが学べる大学を作ろうと考え、29歳の若さで事務局長を担当されました。

森アーツセンターギャラリーなど文化活動の立ち上げを行いますが、苦難の連続だったと話します。
教育事業は儲からない、収入を得るためには人を集めなければならない、そうすると当初の目的だった“人を育てる”がぶれてきて、スタッフもモチベーション上がらない、お金儲けする方が社内では評価される、、、様々な理由も重なり、軋轢が起きたそう。

礒井さんは、最大20億円の文化事業まで拡大させましたが、大きくなればなるほど、人的な育成や人との繋がりは薄くなったと感じていました。
「このままでいいのか?」と日々葛藤していると、一枚の辞令が礒井さんの元へ届き、18年やっていた事業を離れることに。

礒井さんは、この事業は自分の子供のような存在だと想い進めていましたが、大きな勘違いだったと気付きます。会社に所属している限り、会社の都合でやりたい仕事を変えられてしまうもの。人生は1回限りなので、振り回されるのは嫌だ!もっと自分の作品を作りたい!という想いが湧いてきたそう。

そこで、礒井さんは父の自社ビルにテナントの皆様や地域の方々が活用できる「まちライブラリー」の前身となる施設を作りました。

話は「まちライブラリー」が発展した経緯と、マーケティングの考え方の話へ。

「まちライブラリー」を始めた当初、本だけ置いても人は来ませんでした。そんな中、“大阪人は胃袋だ!”と語りかける方が現れました。その方は食を中心にコミュニティをつくる方で礒井さんとも目的が合致していたので、本を持ってきたら食事を食べる事が出来る『本とバルの日』が誕生します。

企業はコミュニティを作る際、ターゲットを明確にして失敗する傾向がありますが、この企画で、ターゲットを明確にし過ぎない方が良い事に気付いたそう。

“まちの基礎体温を上げる”

また、10人を10日集客するのと、100人を1日だけ集客するのは同数だと話します。1日にたくさん集客した方が成功というのは、1980年代の集客の考え方。必要なのは一過性のイベントではなく、主催する側と観客が自ら楽しみ、“日常性の中にお金を落としてもらうこと” “まちの基礎体温を上げること”。それこそが、日常の風景を生むのに必要な要素だと、礒井さんは語りかけます。

最後に、今後のまちづくりで大切なことは「企業側がどれだけ地域側に飛び込むか?」。
その際、企業を背負わないことが大切だと礒井さんは話します。

行政や企業がまちづくりでよく失敗するのは、担当者が個性を出さずに企業や行政の看板で仕事をしてしまい、まちにも受け入れてもらえず、一過性で終わるということ。

今後、企業名は要らない時代がくると磯井さんは言います。
名刺で挨拶する際もまずは自分の名前 次に所属する会社 そして個人のやりたい事の順で話すことで、 人と人が理解し合い 繋がりが生まれ 日常的に人々が活動し 日本が元気になると話します。

天満橋の歴史から紐解き、まちの構造から考える「礒井さんの天満橋まちづくり講座」、ぜひ実現したいと思います!

【礒井 純充(いそい よしみつ)】
まちライブラリー提唱者 / 森記念財団普及啓発部長 / 大阪府立大学客員研究員 / 経済学博士
大阪市中央区天満橋生まれ。東中学校、大手前高校卒業後、東京へ。
森ビルで「六本木アカデミーヒルズ」をはじめ文化活動に従事。
2011年より大阪天満橋の生まれた場所で「まちライブラリー」を開始、普及啓発に努める。2021年9月現在、全国約880カ所以上に広がる。
2013年まちライブラリー@大阪府立大学で「蔵書ゼロ冊からの図書館」、「マイクロ・ライブラリーサミット」を実施、15年には大阪市の商業施設もりのみやキューズモールBASEにまちライブラリーを開設し、6年間で80万人以上来館する場をつくる。
2019年には南町田グランベリーパーク、東大阪文化創造館にも誕生。グッドデザイン賞受賞。
著書に『本で人をつなぐ まちライブラリーのつくりかた』(学芸出版)『マイクロ・ライブラリー図鑑』『ブックフェスタ』(まちライブラリー文庫)他。
まちライブラリー