2025年9月25日のハイパー縁側@中津は水木 智英さんをゲストにお迎えしました!
テーマは 「広島の今!〜地元主導のまちづくり最前線〜」
生まれも育ちも広島の水木さん。本日は中津エリアを散策、「移り変わるまちの中で昔の雑多な感じが残り、面白いムードを感じた」とまちの感想を述べます。広島の高専を卒業し、建設コンサル会社に就職。28年間、公共インフラの設計などに携わってきました。
つくばの研究所に2年間出向していた以外は、地元の広島で暮らしてきたと言います。そんな水木さんは20代の頃から音楽活動に熱中し、メジャーでCDを発売した経歴の持ち主。現在、ミュージシャンとしても活動しています。
20年間、会社員としてまちづくりに従事し、やりがいを感じていた水木さん。しかし、40才を過ぎ、人生折り返し地点を意識した頃、「これをして下さい」「分かりました」という請負ばかりの仕事に、「本当にこれでいいのか」と疑問を持ち始めます。自分で考えて企画して、仲間と取り組むまちづくりをするべきではないか。水木さんは、広島市民にとって身近な存在で、生活の一部である川をフィールドに「川のまちづくり」に取りかかる事を決意します。
広島市中心部は、6本の河川が瀬戸内海に注ぎ込む水辺の多いエリア。原爆投下から3年後、原爆ドームを望む川で飛び込んだり泳いだり、躍動する広島市民の皆さまの写真を紹介。焼け野原から復活するバイタリティーを持つ、広島の人々のパワーを感じさせる1枚です。
近年、同じ場所で世界サップ大会が開催されました。時代を超えて、愛され続ける川のある風景や生活。そんな場所で水木さんが自らまちづくりをする、と決断した時は、コロナ禍に突入していました。
経済が大打撃を受け、行政から密にならない川の護岸を無料解放して、経済活性を促す実験案が浮上します。水木さんの会社が業務委託をうける事になり、水木さんはディレクションを任されます。
音楽活動を通して街に多くの仲間がいた水木さんは、飲食店やパフォーマーに声をかけ、たくさんの人々が集結。三密を避けながら、出店・活動をする場を提供すると、管理するだけだった護岸にとても素敵な風景が生まれた、と水木さんは笑顔で語ります。
この実験は、1ヶ月間の予定でしたが、2ヶ月に延長。さらには「実験後も続けたい」と声があがり、「どうしたら続けられるのか」と参加者が自主的に勉強会を開始したそう。そこで水木さんは、「一般社団法人River Do!川辺コンソーシアム」を立ち上げ、市民主体の活動を展開していきます。行政の力も借り勉強会は続き、全国で初めて行政に代わり、市民が護岸を管理できる制度ができました。
しかし、勢いよく発足したのはいいけれど、資金はゼロ。水木さんは社長に直談判を何度も重ね、資金調達に成功します。資金面をクリアし、本格的に活動がスタートすると、フェスや勉強会など様々なイベントを実施。フェスの際は、ちゃっかり自身の音楽パフォーマンスをいい時間帯に披露する場面も。イベントの写真を紹介しながら、想像を超える平和的な風景が広がっていた、と話す水木さん。始まりは請負だったものの、市民が主体となり“自分ごと”として取り組む事の楽しさを味わう事ができた、と語ります。
“自由と責任の両面を負う”
水木さん達が大切にしている事は、ただ楽しむだけではなく“自由と責任”の両面を負う事。草刈りや清掃など、行政に任せがちな面倒な事も、自分たちで行います。そのような活動や運営・水辺の景色が全国的に注目を浴びるようになり、「水辺の充実度が高い」と評価を得ています。
水木さんは、一部の水辺だけだったこの景色を広島のまち全体に広めていきたい、と考えていました。熱量のあるエリアマネジメント団体が市内に点在し、バラバラで活動する現状に気づきます。何とか束ねたいけれど、やり方が分からない。土木の知識だけではなく、経営の知識の必要性を感じた水木さんは経営を学び直し、MBAを取得。
そして、共創コミュニティ「広島リビングラボ(HLL)」を設立します。それぞれの団体が共通して抱える問題(広島のまちは周遊性が低い事、飲食の屋外販売に関しての保健所ルールに課題がある事など)を共有し、解決に向けて取り組みました。
このような流れから、官民連携の団体から「HLLと力を合わせたい」と、声がかかるようになり、ますます活動は活発化していきます。
そこで、広島の複数のエリアの団体がそれぞれ得意技を出し合う”まちづくりの文化祭”のようなイベント「CITY SCAPE!」を企画。色々な公共空間を活用しながら団体が連携する事で、まち全体の回遊性が高まり、蠢きを創出。さらに新しい風景に出会う事ができました。そして、広島の中心部のみならず、瀬戸内エリアにもネットワークが繋がっていき、水木さんは面白い流れになっている事を実感しています。
最近は、「本づくりからはじまるまちづくり」にも取り組んでいます。生活者の視点から描かれた、まちの魅力を紹介する『ニューHOPE』を出版しました。広島に暮らす100人に「あなたにとって、新しい希望は?」と質問をし、集まった回答をAからZまでの26のキーワードに編集。現在、重版にもなっているそう。日々、マルチタスクをこなす水木さんは、他にも空き家問題や転出超過問題など、幅広い分野に携わり続けています。
と、ここで、副音声として参加していた、「ヤマヤマミタ」Tシャツ着用の牛尾さんがご登壇。水木さんと同じ電力会社の別グループ会社に勤務し、広島市の会社跡地に地域住民の交流拠点「ヤマヤマミタ」という名前の広場をオープンしました。会社跡地を月極駐車場にすれば一定収入が入る。しかし、それでは意味がない。
今まで育ててもらった地域への恩返しをしたい、という想いに共感した水木さんも、牛尾さんに誘われ、ディレクションを担っています。11月の「CITY SCAPE!」では、「ヤマヤマミタ」がコンテンツの1つになる予定で、水木さんは広がりや繋がりを肌で感じています。
中津生まれ、中津育ちの方からは、「そのまちらしさとは?」という質問。人それぞれ「らしさ」は違うので、「らしさ」の答えは1つではない、と水木さんは応えます。「らしさ」を語り合う場こそが「らしさ」でなないか。「中津らしさ」を認識し合ったり、確認し合ったりするハイパー縁側は、まさに「中津らしさ」そのもの。
そして、その場には偏った人ではなく様々な人が集うべきで、そのような場をつくるようにしていると話す水木さん。そのまちの事を、“自分ごと”として語り合う事自体に価値がある、と考えています。
まちづくりは、1年後に結果がでるものではない。50年・100年という視点で物事を見るロマンが大切ではないか、と力強く提案します。会場からの「変化や結果をすぐに求める価値観は、どうにかならないのか」という意見には、牛尾さんも大きな拍手で共感。会場全体からも賛同の声があがり、盛り上がりました。
水木さんは、価値観の相違が起きた時、フラットな場で数回交わる事で「まちを楽しくしたい気持ち」を共有する事ができる。単純接触効果を大事にし、氷を溶かしていく場も意識的に作るようにしている、と付け加えました。
川と共に生きてきた広島の暮らし・広島のまちのサイズ感・官民連携で活発化する団体の下支え。歴史や文化、タイミングなどを見事に噛み合わせ、仲間を大切にまちづくりを楽しむ水木さんの姿が印象的でした!配信中には、言えない苦労話もたくさんありつつ、地元主導で動けるしくみを、丁寧に構築してきた水木さん。
一部の川辺から始まった風景を確実に広島全体に広げ、まちに豊かさをもたらしてきました。これからの広島のまちの進化も楽しみですね!
一般社団法人HLL 代表理事
1977年広島市生まれ。
まちづくりプランナーとして、道路・公園・河川などの公共空間を活用した地域づくりに従事。観光振興や中山間地域の活性化、新規事業支援など、地域課題に向き合うプランニングを多数手がける。
近年は、地域住民や民間企業が主体となる「民間主導のまちづくり」を軸に、広島を中心とした複数のプロジェクトを推進。会社員としての実務と、一般社団法人HLLでの活動を両立するパラレルキャリアの実践者でもある。
Cornel(コーネル)としてミュージシャンとしても活動。著書『ニューHOPE』(2025年、ニューHOPE出版)
一般社団法人 HLL(エイチエルエル)
CITY SCAPE!
ニューHOPE
ヤマヤマミタ








