2026年3月3日のハイパー縁側@中山台は、秋山文子さんをゲストにお迎えしました!
テーマは「“ありのまま”で築く、品格と信頼」
秋山さんは、ここ中山台の地で、50年以上の月日を過ごされてきました。学校のPTA役員を皮切りに、地域の様々な活動に携わってきました。現在は、宝塚市文化財団の理事長を担っています。81歳という年齢を感じさせない、溌剌とした語り口がとても印象的です。
秋山さんは、岡山県のご出身。大阪での学生生活を経て、ご結婚。その後、旦那様の転勤で、大阪・東京・奈良と各地を転々とし、開発途中だった中山台へと移り住みました。
当時の中山台は、今では想像もつかないほど不便な場所だったそう。初めてこの地に立った時、あまりの何もない光景に「涙が出た」と、打ち明けます。水道をひねれば、工事の影響で茶色い水が出る。バス路線はなく、買い物は駅前で豆腐とパンが買えるくらい。タクシーを呼ぶのも難しく、不自由な生活の連続でした。
過酷とも言える環境の中で、秋山さんが大切にしてきたのは、“お互い様”の精神でした。幼い子どもをベビーカーに乗せて坂道を登っていると、通りがかりの車が「奥さん、送りますよ」と、声をかけてくれる。雨の中、上の子の幼稚園のお迎えに行かなければならない時、近所のおばあちゃんが下の子どもを預かってくれる。何もないからこそ、人々が手を取り合って生きていた頃を、秋山さんは「皆さんに、大事に育てていただいた」と、感謝の言葉で振り返ります。
お世話になってきたからこそ、「恩返しがしたい」という想いが強い秋山さん。若い世代のお母さんを支えたり、地域の力になりたい、と考え行動してきました。周りからは、「どうしてそんなに動けるの?」と、言われるほど。
しかし、秋山さんは、自身の活動を「ただのお世話焼き」と、謙遜します。
そんな秋山さんの活動の原点は、中山台で子育てと並行して始まった地域貢献にあります。特にPTA活動では、若かりし秋山さんが年上の保護者たちの中で大奮闘。当初は、人前でマイクを持つことさえ嫌だったそう。
しかし、フォローしてくれる仲間に出会い、いつの間にかその場に馴染み、周囲から頼られる存在に。
“損得のない、恩返し”
秋山さんは、「損得」を一切考えずに動いていた、と言います。「得をしようと思ったら、損をする」「欲は出さない」というシンプルな哲学が、周囲の仲間に恵まれ、信頼を自然と集めていきました。
秋山さんには、もう1つの顔があります。それは、世界的な評価を受ける「革工芸作家」としての姿です。学生時代に出会った革工芸の世界。最初は、「つまらない」と感じていましたが、「革を絵のように表現できたら、面白いかもしれない」と思いついた秋山さんは、独自の作風を確立していきます。
革をお湯につけて柔らかくし、手で絞り、染料で色を重ねる。既存の形式や型にはまる事を嫌い、様々な挑戦をし、独学で自分流の技法を編み出していきました。
その自由な発想から生まれた作品は、やがて、ルーブル美術館でグランプリを受賞します。他にも、世界各地の美術館で高い評価を受けてきました。しかし、秋山さんはその華々しい経歴についても「たまたま、目について賞をいただいただけ」と、淡々と語ります。子育てが一段落するまでは、あくまで家庭を優先し、ひっそり続けていた創作活動。そんな中でも、幼稚園や小学校から依頼を受け、講習会を開いてきました。「自分は好き放題してきたのに、人様に教えるなんて気恥ずかしかった」と、控えめに微笑みます。
会場では、実際に制作された作品の写真も披露されました。1枚の皮から生み出されたとは思えない、立体的で色彩豊かな秋山さんの作品。秋山さんは「感性だけでやってきた」「学校でもっと勉強しておけばよかった」と、笑いますが、その“ありのままの感性”こそが、世界を魅了する力の源泉なのかもしれません。
秋山さんが、子育てや地域活動で大切にしてきた事は、「いい種をまく事」。誰かに頼まれたら、自分ができることで、お手伝いする。文句ばかり言うような種をまいてはいけない、と子どもたちにも言い聞かせてきました。それは、まさに秋山さん自身の生き方そのもの。
PTA会長を引き受けたときも、革工芸で新しい技法に挑戦したときも、常に目の前のことに対して誠実に、そして、“ありのままの自分”で向き合ってきました。
また、齢を重ねてきた秋山さんは「我慢や辛抱はやめた」と、語ります。それは、自分勝手に振る舞うという事ではなく、相手へのリスペクトを持ちつつも、自分の意見を正直に、かつ丁寧に伝えるという事。若手の先生に対しても、「困った時は助けてあげるから、好きにやってみたらどう」と、背中を押す。
その包容力こそが、中山台というまちの品格を作ってきました。秋山さんの近所にお住まい方から、「ズバッと言ってくれるけれど、感情的にならない品格」が地域の絆を深めている、という感想もいただき、皆さん頷かれていました。
もちろん問題や苦労が、全くなかったわけではない。しかし、本当に楽しく、皆さんに助けてもらってここまできた、と人生を振り返る秋山さん。「おかげさまで」という気持ちが、毎日自然と生まれる、と穏やかにしみじみ語って下さいました!
「男性がもっとおしゃれしたら、まちが素敵になる」「おばあさんになっても、かっこいい方がいい」と、最後もズバッとアドバイス。軽やかで温かな秋山さんの生き方に触れ、会場全体に清々しい空気が流れていました。
これからも、秋山さんが中山台でまき続けてきた「信頼の種」が、さらに花開き、まち全体に広がっていくのが楽しみですね!
公益財団法人 宝塚市文化財団 理事長 / 革工芸作家
1973年より宝塚の地に根を下ろし、半世紀以上にわたりこの街の文化を見守り続けており、現在は公益財団法人 宝塚市文化財団の理事長として、ベガ・ホールやソリオホールといった文化拠点の舵取りを担う。
「革工芸作家」として神戸で基礎を学んだ後、独学で研鑽を重ねた技法は、生革(きかわ)の透光性を活かした幻想的な作品『あかり』へと結実。ルーブル「美の革命展」グランプリやフランス平和賞、バルセロナ国際ビエンナーレ入賞など、その芸術性は国境を越えて高く評価されている。
「宝塚が華やかで優雅な街として、誰もが愛せる場所になるように」。作家としての繊細な感性と、宝塚市手工芸協会理事長として公募展発足に尽力し続けている。
公益財団法人 宝塚市文化財団
宝塚市手工芸協会
