2026年1月15日のハイパー縁側@中山台は、山岡 謙吾さんをゲストにお迎えしました!
テーマは 「未来への責任〜暮らし方のアップデート〜」

1970年、大規模な開発が行われた兵庫県宝塚市の「中山台ニュータウン」。55年目を迎えた大型分譲地では、住民の高齢化や施設の老朽化など、様々な課題を抱えています。課題解決に向け、宝塚市とパナソニックホームズ株式会社は、公民連携の付加価値創出型再生事業をスタートさせました。

山岡さんは、パナソニックホームズ株式会社の街づくり事業部プロジェクトマネージャーを務めています。この部署は、社内でも「これ、誰がやるの?」と言われるような、解決の難しい案件が集まってくる場所だそう。「99%の社員が、何をしているのか分からないと思います」と、笑います。

そんな中、行政と住民の方と合意形成しながら、まちづくりを進めている山岡さん。なぜ今の仕事に就くことになったのか、その意外なバックグラウンドからお話を伺いました。

現在、53歳の山岡さんですが、実はパナソニックホームズに入社したのは43歳のとき。前職では、大阪の建設会社でマネジメント職に就き、安定したキャリアを築いていました。周囲からは「なぜ今さら?」と驚かれ、お母様からも心配された、と言います。その決断の裏には、ある人物への長年の憧れがありました。それは、パナソニックグループの創業者・松下幸之助です。

山岡さんは小学校の頃から身体が弱く、学校を休みがちだったそう。「中学2年生まで割り算もできなかった」と、苦笑いしながら振り返ります。そんな自信を持てずにいた少年時代、お父様が励ましとしてかけた言葉が「松下幸之助は、小学校中退でも偉くなったんや」というものでした。

その言葉がきっかけとなり、山岡さんは松下幸之助の著書を、お守りがわりに持ち歩くようになります。いつかこの精神が息づく場所で、その教えを肌で感じたい。その真っ直ぐな想いが、40代での大きな決断に繋がりました。

そんな山岡さんが掲げるまちづくりのキーワードが、「官民連携」ではなく「公民連携」。一般的に「公」は行政を指しますが、山岡さんの解釈では、住民の皆さんも含めて「公」だと捉えています。企業と行政、そして住民の皆さんが一体となって、公のために活動できるような連携を目指しています。

企業として、利益を追求することはもちろん必要。しかし、それ以上に「そこに暮らす人々が幸せでなければ意味がない」という信念をもつ山岡さん。会社としても、住民目線で、住民にとって何が必要なのかを考えたまちづくりを推進しています。プロジェクトを始めるにあたり、社長や副社長と「パナソニックホームズが関わる事で、まちが不便になり、価値が下がるという事はあってはならない。今ある幸せを維持し、発展させる」という約束を交わしたそう。

山岡さんは、会社が方向性や哲学を示してくれる事はありがたい、と感じています。その上で、誰もやっていない難題に挑めるのは、とても挑戦しがいがある事。誰もやっていないので、逆に間違いもない。「ある意味、やりやすいかもしれません。」と、笑います。

具体的な活動として、まずは住民の方々との対話を重ね、「何が本当に必要なのか」を探るところからスタートしています。その中で見えてきたのが、坂の多い地形に対応するための「交通手段の見直し」と、まちの中心にある「ファミリーセンターの再生」です。
建物の老朽化に伴い、高齢者の方が使いづらくなっているセンターを改修し、買い物がしやすく、多世代が集まれる場所に変えていきたいと考えています。

3年間は、合意形成や対話を重ねる。そして、4年目くらいにリニューアルを形にして、そこから10年かけて運営組織も含めて自立できるようにする計画です。1年や2年で終わる話ではなく、長く関わり続ける覚悟の山岡さん。

建物という「ハード」だけでなく、それを使いこなす人や組織という「ソフト」が育つまで伴走する。それが山岡さんの考える「責任」の形です。また、「まちを良くしよう」と本気で取り組む方々がすでにいる。素晴らしい土壌があるので、発展させていくイメージを持っている、と未来を見据えています。

“人の温かさがあるまち”

山岡さんが目指すまちの姿は、単にインフラが整った日本中にある「便利なまち」ではなく、ここにしかない「人の温かさがあるまち」。プロジェクト開始時、住民の皆さんに警戒される事も覚悟していた、と言います。しかし予想に反して、まちの皆さんは「一緒にやろう」と迎えてくれたそう。知らない人なのに、すれ違うと挨拶をしてくれる。そんな人の温かさが残るまちだからこそ、ハード面を整えるだけでなく、“人と人のつながり”を大切にしたい。そして、今は外に出ているお子さんやお孫さんが、いつか「また、あそこに住みたい」と、戻ってくるようなまちにしたいと考えています。

昨今、古いニュータウンを「限界ニュータウン」などと呼び、ネガティブに扱う風潮があります。実際に、生活している方がいるのに、無責任な言われ方をするのは悔しい、と山岡さんは言います。かつて家を建て、販売したハウスメーカーとして、そのまちが古くなったからといって背を向けることはしない。

家を提供してきたのなら、その家が建っているまちに対しても責任を持つ。今ある課題に向き合い、率先して取り組む事で、業界全体を変えていけるのではないか。「限界」なんて言わせない。「希望のあるまち」にできるんだと証明したい、と熱く語って下さいました!

中山台コミュニティ連合会会長の松下さんからは、誰がイニシアチブを取るとかではなく、どうすり合わせて、チームで「幸せなまち」を実現するかが大切。山岡さんの想いをもっと住民の皆さんと共有したい、3月のコミュニティ誌に載せて欲しい、と願う声があがりました。

自分1人では何もできない。だからこそ人に頼って助けてもらってきたと話す山岡さん。誰も正解を知らない「まちの再生」という難題に対し、松下幸之助の哲学を羅針盤に、自身の弱さすらも武器にして周囲を巻き込んでいくスタイル。これからの時代に必要なリーダーシップの形なのかもしれません。

「見かけたら、気軽に声をかけてくださいね」と、最後まで会場を和ませながら、「役割を自覚し、できる事は100%遂行します」と、力強く締めくくられました。住民の皆さんと、しっかりとタッグを組んで挑む中山台の未来は、日本全体の暮らしのアップデートへ繋がっていきます!

【山岡 謙吾】
パナソニックホームズ株式会社 街づくり事業部 プロジェクト推進室 宝塚プロジェクトプロジェクトマネージャー
2016年、43歳でパナソニックホームズへ転職。
前職は大阪の住宅会社で建設マネジメントを担い、年間1,000棟の戸建住宅・250棟のアパート建設をトータルにマネジメントしながら、皆さまのご意見や複雑なご要望にも丁寧に向き合い、折衝の役割も楽しみながら遂行していた。
若いころから尊敬していた、松下幸之助氏の創業した場所で人生最後は学びたいと願っており、43歳を機に最後のチャンスととらえ、妻の理解も得られたことでパナソニックホームズに入社。
入社後は、主にまちづくりに従事し、特に福島県で地方創生プロジェクトの立ち上げに関わる事で、まちづくりにおける社会課題への向き合い方の重要性を知る。
パナソニックホームズ株式会社
パナソニックグループ